岡御殿

岡御殿

県の東部に位置する田野町。総面積は6.56 キロ平方メートル。この小さな町は江戸時代、木材集散地として大変栄えていました。今なお当時を偲ばせる建造物が、この町に存在することをみなさんはご存知でしょうか。

領内巡見時の宿として

籠 岡御殿は、その名が示す通り、岡家により建てられたものです。1844年、岡家当主米次郎の時完成しました。江戸時代の田野はとても商業がさかんな場所でした。米屋、福吉屋、蔦屋、常盤屋、虎屋などの豪商が存在し、田野五人衆と呼ばれました(ちなみに、蔦吉屋、綿屋を加えて七人衆とすることもありました)。中でも米屋(岡家)は、最大の豪商で、藩の要請する多額の御用銀に見事に対応していました。そんな功績が認められ、12代藩主豊資(とよすけ)、13代藩主豊煕(とよてる)が東部巡見を行った際に、休憩所や宿として使われました。

湯殿 巡見とは、藩主が藩内の様子を知るために行うものです。弘化4年(1847年)豊煕が行った巡見では、一行の数が223人であったという記述があることなどから巡見が随分と大掛かりだったことが分かります。文献によると、岡御殿が使われた東部巡見は、高知→安芸→奈半利→野根山越え→甲浦(かんのうら)と移動した後、室戸岬を海岸沿いに高知まで戻る…というルートをとっていたようです。だいたい2週間程の日程で行っていました。また、巡見の間、一行は、訪れる土地の有力者の家で休んだり、泊まったりしていました。そうすることで、その土地の事情を有力者達から直接聞き、藩政につなげていたようです。

機能性と芸術性に優れた書院造

岡御殿は、高知県東部では最高の格式をもった書院造の建物で、昭和60年に県の有形文化財に指定されています。

部屋から外を見た様子 鶴の襖絵 庇

面を取った角柱と敷詰の畳…これが書院造の特徴の一つです。書院造の多くは、部屋が中心に配置され、その回りに廊下が囲むようにしてあります。本来一つの大きな空間を、それぞれの用途に応じて使用するために、仕切りが必要になり、襖や障子が発達することとなりました。

部屋全体 書院造の建物の間取り図を見ると本当におもしろいです。正方形や長方形がぴったりくっついて並んでいて、襖を使用することによりいかに空間に無駄を生まないのか計算し尽されていて、驚いてしまいます。しかも、襖に絵を描いたりすることで、機能面だけでなく芸術性も取り入れているのです。

上段の間 書院造のもう一つの特徴として挙げられるのが、座敷飾です。床の間を基本とし、これにまず違棚が加わり、次に付書院を加え…というように装飾を加えます。もちろん装飾といっても、華美なものではなく、あくまで実用的なもの。機能性を追及しながらも、格式を重んじているのが書院造です。

龍に見えますか?

岡御殿の庭には、何とも趣のある趣向が凝らされています。写真の青龍姥目樫。枝をぐねぐねさせた五本の樫の木(ドングリ)を、一匹の龍にみたてています。さてさて、みなさんは、この樫の木、龍の姿に見えるでしょうか?

青龍姥目樫説明看板 青龍姥目樫

メモ

【入場料】

【開館時間】

【休館日】

【参考文献】

参考資料:田野町公式サイト

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